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歐慶祥

Author:歐慶祥
(中文名は台湾の友人に名付けてもらいました)



Models:WW2を中心にAFV中心ですが、ストックがたくさんある積みモデラー。なんだかんだでドイツ戦車が多いです。最近は英軍戦車と歩兵の情景も作りたいと思案中。 艦船や航空機にもちょっかいだしてます。



Military:ちょくちょく軍装品集めてましたが、黒歴史化して放置したり処分したりで退却中。 たまにWW2中華民国軍をいろいろ(余波で英軍、現用台湾も)調べてはいます。




記事は筆者の知識不足もあり、随時加筆修正しています。お気づきの点ありましたら、指摘して下さると幸いです。

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ドイツ旅行(11) ムンスター戦車博物館(4) WW2独軍AFV&砲いろいろ

(2年前の旅行記を思い出しながら仕事の毎日を忘れたい日々)


P9077979.jpg

アゴ無し防盾と車体機銃マウントポールでA型かと思いましたが、


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A型ベースの指揮戦車型パンターでした。
無線アンテナが通常より多いのです。


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ボービントンと異なり、展示スペースに余裕があるので後ろ側もよく見えます。



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ゴリアテを念力で操縦するヨンギル師



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幌付きキューベル



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「中戦車」なのに意外と大きいと感じてしまうT34


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ライフリング


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弱点と言われる車体正面ハッチもこの厚さ
開口部から車体正面装甲厚がよく分かりますが、45mmでもガッシリとした印象。



P9078044.jpg

SPDも通常の兵員輸送型だけでなく、いくつかの派生形も展示されていました。
24口径7.5センチ砲搭載の自走砲型(Sd.Kfz. 251/9 Stummel) シュトゥンメル



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砲もよく見えますよ うひゃー



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突撃橋を搭載した工兵型のSd.Kfz. 251/7 Pionierpanzerwagen(ピオニアーパンツァーヴァーゲン/工兵装甲車)



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突撃橋の荒々しい溶接跡


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後部は幌が掛かっていて中をよく見ることができず




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ラッチュバムこと、ZiS-3 76mm野砲


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赤軍の従来の76ミリ砲と異なり、旋回・昇降ハンドルを左側にまとめて、砲手が移動目標を狙いやすくしている本格的な対戦車砲です。



P9078077.jpg

その隣にマーダーを展示するのがなんとも粋です
(ただし、これは7.5センチPak40搭載のマーダーIIIH)


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はみ出した戦闘室の床はちゃんと塞がれているんですね!



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ZIS-3との対比でドイツのPak40も並べて置かれていました。
ZIS-3と比較するとPak40はより低姿勢に作られている反面、防盾を二重にして傾斜させるなど複雑な構造なのが分かります。



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Pak35/36とPak40の間に阻まれて影の薄い5センチPak38
まだ余裕のあった時期の砲だけに、曲面防盾や凝った設計。


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ムンスターの展示では再現されていませんが、このように脚を畳む時には脚の間にさらに車輪を取り付けて三輪車状態で移動させることもできました。
(整地以外では使いにくく、生産性が落ちるということもあって、Pak38以降の砲では採用されていない微妙な機能・・・?)



P9078151.jpg

小火器のようなシンプルな照準具
目標との想定交戦距離が数百メートル以内の近距離ならこれで十分かも


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ハンドルの取手も独立して回転するようになっており、回しやすくなっています。


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砲身の中にゴミを入れた不届き者が



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砲といえばこんなキワ物も
7.5センチIG37歩兵砲 戦争後半になって歩兵部隊の重火器が不足する中、対戦車砲と歩兵砲を兼用できる軽便な砲を作れば一石二鳥では?ということで作られた中途半端な

砲身はフランス製75mm野砲から切り出したもの。当初はPak37と呼ばれ、成形炸薬弾による対戦車戦に念頭が置かれましたが、結局歩兵砲として使われることが多くIG37で定着しました。


P9078071.jpg

砲架はPak35/36もしくは同型のソ連製対戦車砲のものが用いられました。



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こちらはIII突ですが、よく見ると

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側面装甲に跳弾したような跡が
浅い角度で側面装甲に食い込み貫通を免れたのでしょうか


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かつては自走砲をたくさん作ったドイツも
現ドイツ連邦軍ではPzH2000に統一の流れなんですね


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大きい物シリーズ1


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大きい物シリーズ2
(コンバットチョロQを思い出す)



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さすがにこれの実車はクビンカです



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プラモであっさり取り付けてるこのパーツにしても、実際に見てみるとものすごい重量感と鋼鉄の質感なんですよね。



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英国鉄兜の系譜
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ドイツ旅行(10) ムンスター戦車博物館(3) 大戦初期の車輌

 

高射砲で遊ぶ人々

 

 

88の昇降装置のギアは思っていたより細身でした。

 

 

III号M型

ダークイエロー単色で塗装されていました。

 

  

こうして見てみると、歯車の凹部は塗装が一番剥がれやすいのでしょうね。

(模型でエアブラシで塗装すると全面的に塗装できるけど)

 

 

 

整備していたと思しき布が

 

 

 

予備転輪ラック

ゴムが非常に綺麗な状態(再生品?)

 

 

ムンスターのIV号はG型

DAK仕様で、砲塔の主砲の両側に視察孔(クラッペ)があることからG初期型(F2型)と言えるかも。

ハーケンクロイツの入ったDAKマーキング

 

 

戦車大国としての自負心か、自国製戦車の再生・保存に対する熱意が伝わる装備品

資料本の『アハトゥンク・パンツァー』ではムンスターのG型の内部取材写真も掲載されていましたので、内部の保存状態も完全に近いようです。

 

 

III号とIV号の区別といえば転輪の数がありますが、3×2の6輪がIII号、4×2の8輪がIV号と覚えてました。

 

 

模型だと木材の地の色で再現することが多いジャッキ台ですが、車体と同じ色に塗装されて鉄十字のマーキングが施されていました。留め具は革ベルト。

 

 

 

予備転輪ラックには「WASSER」(水)とかかれたジェリカンと工具箱(?)

ドイツ軍は燃料用と水用で区別するため、水の入ったジェリカンには白ペンキで十字線を描くと思い込んでいましたが、こういう手法もあったのかも。

 

 

車外装具品その2

 

 

クリーニングロッド、バールなど

吸排気グリルのフタがメッシュ状になってる!

 

 

実車を見て気づいたのですが、金属ワイヤーは、普通のロープや鎖などとちがって重力任せにたわんだりせず、やや弾力性を保って巻かれているんですね。

 

 

(IV号が一番好きなので、一番多く撮っています)

 

 

ティーガーI

 

 

赤茶色に錆びた履帯

ノルマンディーのスクラップヤードから回収した残骸を再生した車輌で、一部はラトビアのクーアラントで発掘したパーツを使っているとのこと。

 

 

車体側面に貫徹跡

迷彩塗装は再塗装なので、弾痕周辺の焦げ付きも塗装によるものでしょうか。

 

 

各重戦車大隊のマーキング

サッカークラブみたい

 

 

 

 

ドイツ旅行(9) ムンスター戦車博物館(2) 大戦初期の車輌

 

 続いて、WWII初期の車輌コーナー

 

 

 

 

 IA農業用トラクターこと、I号A型

 ターンテーブルの上に載せられていましたが、これはそういう機材なんでしょうか。

 

 

 

 機銃しか搭載していない訓練用軽戦車とはいえ、履帯の垂れ下がり方から伝わる重量感にご注目。

 実はヴィッカース製のコピー

 

 かなり状態が良いです。

 

 

 

 視察窓が半開きでした。

 

 

 

 1934年から41年まで生産された6輪トラックの「クルップ・プロッツェ」

 

 

 

 

 予備タイヤラックを座席側面の壁面にしてしまう構造が面白い車輌です。

 

 

 

 

 敵機の活動圏内での夜間移動時などに用いる防空灯(ノテックライト)

 光が上に漏れないようにフードを被せ、車体前方約10mのみを限定的に照らす装置です。

 1/35でこれを完全に再現するのは目が疲れそう。

 

 

 

 

 前照灯と別に、運転手席の側に設けられたライト。

 

 

 

 

 荷台の壁は木材を鉄製の枠にはめ込んで作られています。

 

 

 

 

 兵員室 かなり簡素な作り

 

 

 

 

 後ろから覗いたサスペンション周り

 

 

 

 

 チェコのシュコダ1937年型37mm対戦車砲

 

 ドイツでの名称は3.7cm Pak37(t)

 胡椒ビンのような特徴的な多孔式マズルブレーキ

 

 

 

 

 フランスのホチキス25mmやスウェーデンのボフォース37mmと同じように、防盾の上端が波型にカットされています。これはシルエットを茂みなどに溶けこませ非発見率を下げるためのものでした。(直線的なラインは人工物っぽくて目立つので)

 

 ドイツのPak37mmと比較すると、ゴムタイヤのない車輪ということもあって、簡素な印象を受ける砲です。

 

 

 

 

 脚は角型で意外とガッシリ。

 

 

 

 

 ドア・ノッカー、または聴診器ことドイツの3.7 cm PaK36

 貫徹能力の不足を補うために43年に採用された成形炸薬弾Stielgranate 41を装着しています。

 

 

 

 

 車輌による牽引を前提とした大型のゴムタイヤ付き車輪

 

 

 

 

 移動目標を狙いやすいように、昇降・旋回のハンドルは砲手のいる左側にまとめられています。

 

 

 

 

 脚は閉じられていましたが、ズッシリとした重量感。

 こういう点はプラモデルではなかなか実感が沸かないものです。

 

 

 

 

 防盾の厚み 榴弾片や拳銃弾くらいなら防げそう

 

 

 

 

 これもまた直線を廃したデザイン

 砲手側が一段高いのは、砲手が照準する時の姿勢がやや高いからなのでしょうか?

 照準孔に目の位置が来るとして、頭全体を隠せるようになっているのかもしれませんね。

 

 

 

 

 II号戦車は砲塔のみの展示。

 中に入れました。車内装具が撤去されていたこともあり、意外と大きかった印象

 

 

 

 

 初戦でドイツ装甲師団の主力を担ったチェコ製LTvz.38、所謂38(t)戦車。

 これはS型で、もともとスウェーデン向けだった車輌をドイツが接収したものです。

 

 

 

 Wilde Sau(荒くれ猪)号、心意気は猪突猛進といったところでしょうか。

 丁寧にカットと接合がなされた装甲板が綺麗です。

 

 

 

 

 砲塔の大量のリベットが、戦車開発勃興期の味というか、東欧っぽいというか、宮﨑駿っぽいというか、つまりカッコいいです。

 

 

 

 

 前面装甲板をよく見ると、小火器の弾痕らしきものが。

 

 

 

 

 

 履帯と転輪の構造も、ドイツ戦車と違った風格。

 遊動輪のデザインはいかにも機械という感じ

 

 

 

 

 ゴムの一部が摩耗していますが、全体的には良好な保存状態

 一部別のG型の車輌パーツを使っているとか。

 

 

 

 38(t)の上部支持輪は車体前方に2つのみで、履帯の後半は垂れ下がっています。

 

 

 

 

 エンジンデッキは意外とスッキリ

 

 

 

 

 

 リベットだらけのメカメカしい全体像に反して、後ろもスッキリとした印象。

 一部リベットが抜け落ちてます。

 

 

 

 

 

 操縦手席の視察窓

 展示車両には防弾ガラスははめ込まれていなかったです。

 

 

 次は戦中、後期の車輌へ。

 

ドイツ旅行(8) ムンスター戦車博物館(1) ムンスターへの道

(2013年9月7日のことなので、記憶も薄れる前に)

 

 4日目はムンスター戦車博物館へ

 卒業旅行でボービントンを訪れて早くも翌年はムンスターです。これも中学生の時にアーマーモデリングで存在を知ってから、行ってみたいと思っていた念願の場所でした。

 

 

 


 Munster(ムンスター)はブレーメン、ハンブルク、ハノーファーの三都市の中間にあり、田舎なので交通の便はあまりよくありません。宿泊地のベルリンから4時間ほどかけて向かいました。(Münster(ミュンスター)とは全く別の場所であることに注意が必要です。もし駅で切符などを買うときは、観光客の多いMünsterを案内されてしまう可能性もあるので、駅の正式名である「Munster(Örtze)」を示すと確実かと思います。)

 

 また一般的にドイツ観光をする場合は、フランクフルトやミュンヘンを拠点とする人も多そうなので、行き方については旅行プランによりけりかと思います。もしハンブルクを観光するのであれば、100分程しかかからないので効率よい旅行になるかもしれません。博物館やムンスター駅にはコインロッカーや荷物預かり所が無いので、その点も要注意です。

 

 ドイチェバーンの乗り換え検索

 http://www.syuuyuu.com/db_manual

 

 

 今回ベルリンから向かうにあたっては、前日と同じくまずはハンブルクへ。ハンブルクを経由してICEで向かうことにしました。この時も前日購入したジャーマンレイルパスをそのまま使用し、切符を買う手間も無く向かうことができました。

 

 ハンブルクからはUelzen(ウェルツェン)行きのME(Metronom Eisenbahngesellschaft メトロノーム・アイゼンバーンゲゼルシャフト)という快速列車に乗り換え。

 

 

 

 

 ウェルツェン駅はなんともメルヘンチックな建物でした。

 電車が来るまで少し時間があるので、中でドーナツを買って食べたり。

 

 

 

 

 駅のホームにもこんな待合室が。

 

 

 

 

 ウェルツェンでErixxのディーゼルカーに乗り換え。これもジャーマンレイルパスで乗れます。

 

 

 

 

 11時07分にウェルツェンを出て30分でムンスターに到着しました。

 

 

 

 

 

 ムンスター駅。

 

 

 

 

 田舎の小さな無人駅です。

 

 

 

 

 

 博物館へは駅からは徒歩で15分ほど

 住宅街ですが、道も大きいのでさほど迷うことはないでしょう。

 

 

 

 

 閑静な住宅街

 

 

 

 

 "Panzertruppenshule"(パンツァートルッペンシューレ:装甲部隊学校)の標識が見えたら、それに従って進んでも博物館に到達します。

 というのもムンスター戦車博物館の隣に戦車学校があるのです。(軍施設なので一般人の見学はできませんが)

 

 ボービントンもそうでしたが、戦車博物館が教育施設としても活用されているケースは多いように思われます。

 

 

 

 ドイツの選挙ポスターは大きかった

 

 

 

 

 貨車に搭載されたレオパルト1が見えてきたら博物館です

 

 

 

 エントランス

 ドイチェス パンツァームゼーウム ムンスター

 「ドイツ戦車博物館ムンスター」が正式名

 入館料は大人7ユーロ

 

 

 

 

 遊べる!

 

 

 

 

 マネキンがお出迎え

 

 

 

 

 パンツァームゼーウムだけあって、ここから辿るというわけですか。

 

 

 

 

 A7VのWW1情景展示が登場です。

  

 

 

 

 このA7V Wotan号、実車は戦後すぐにスクラップにされており、1980年代に西ドイツで製作されたレプリカ車です。

 ツァイスやラインメタル、MANといった西ドイツの兵器生産にゆかりのある企業がこのレプリカ製作に関わっていることが示されていました。

 

 

 

 

 Wotan(ヴォータン)はオーディンの意味

 

 

 

 

 黎明期の無限軌道、しかもトラクターがベースだったということもあり、不整地を走破するには少し頼りない足回りですが、履帯を敵弾に晒して破損・走行不能になることを恐れたのか、露出を少なくしようとこのようなデザインに行き着いたのかもしれません。

 

 

 

 

 側面のMG08重機関銃のマウント構造がよく分かります。

 

 

 

 

 

 このレプリカ戦車は内部も再現されています。側面の機関銃手のマネキンも見えますが、実戦ではさらに防弾衣や防弾マスクを着用していたものと思います。

 また天井から縄が下がっていますが、これは電車の吊革のように捕まるためのものでした。

 

 

 

 

 WW1で着用された防弾衣など

 

 

 

 

 

 戦車の横には歩兵のマネキンも。

 MG08/15の横には、小銃用防盾がありました。

 

 

 

 

 一見ホイペットに見えますが、ドイツがWW1末期に試作したLK II(Leichter Kampfwagen II:軽量戦闘車輌II)という戦車。

 WW1では2輌が試作されたに留まりましたが、戦後密かに分解した状態でスウェーデンに売却され、スウェーデン軍でStrv m/21やStrv m/21-29として使用されていました。ムンスターにあるのはスウェーデンのStrv m/21-29だったものです。

 

 

 

 ダイムラーDZVR 21装甲車

 WW1後まもない1919年から20年にかけて開発が進められ、1925年までに85輌生産されました。

 戦車や装甲車の開発・購入を制限されていたドイツでしたが、こうした警察用車輌は生産出来たようです。

 

 

 WW1から戦間期の車輌はこのような感じでした。(続く)

 

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