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歐慶祥

Author:歐慶祥
(中文名は台湾の友人に名付けてもらいました)



Models:WW2を中心にAFV中心ですが、ストックがたくさんある積みモデラー。なんだかんだでドイツ戦車が多いです。最近は英軍戦車と歩兵の情景も作りたいと思案中。 艦船や航空機にもちょっかいだしてます。



Military:ちょくちょく軍装品集めてましたが、黒歴史化して放置したり処分したりで退却中。 たまにWW2中華民国軍をいろいろ(余波で英軍、現用台湾も)調べてはいます。




記事は筆者の知識不足もあり、随時加筆修正しています。お気づきの点ありましたら、指摘して下さると幸いです。

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台北旅行記(1)

21日~24日と3泊4日台北旅行に行ってきましたが、それでも台北市内を歩きまわるには足りなかったです。

フリーで、MRTやタクシーを駆使して回った感じですが、自分の足で回っただけの価値はありました。







細かい日程の足取りはまた後ほど記事にしたいと思います。

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タミヤ 1/48 パンターG

ここ数年、本業のつもりだった模型がなおざりになってしまったので
積みプラ消化を兼ねて、身内での模型コンペ用にタミヤの48パンターを作ることに。



IMGP1772.jpg

35の感覚で作るとモールドの省略とかパーツの太さ・細さが気になってしまうけど、
サイズとのバランスで見ると気にならないかも。



IMGP1771.jpg

参考資料見ながら、どこが省略されてるのかを調べつつ、ディテールアップを検討するも、マフラーカバーの留め具、エンジングリルの取手(キットだと板状なので)、牽引ワイヤーの固定金具、ボッシュライトのケーブルを追加、フェンダーの削り込み、車体前方機銃の銃口の開口といった具合で、パッと見て分かるほどの加工はしていませんw

自分の技量と持ち時間とを比較衡量しながら検討したらこんなものです。


問題は塗装。
やはりこのくらいのスケールになると、最終的には塗装がモノを言うだけに、どうするべきか・・・。

國軍武器事情:モーゼルC96

1248247939065.jpg


 抗戦期の國軍を象徴する武器と言っても過言ではないのが、C96などのモーゼル大型拳銃シリーズです。
 中国では、特徴的な箱型弾倉(或いは固定ストック兼ホルスターの箱型形状)から「盒子炮(ごうすほう=Box Canon)」と呼ばれました。



 これらの拳銃の導入は、20世紀初頭に中国の内戦で火器需要が高まり、ドイツなどよりモーゼルC96が大量に輸入されたことがきっかけで、その後中国国内でもライセンス・コピー生産され、多くのバリエーションが使われました。


 中国では漢陽兵工廠で1926年に作られたC96(7.63mm)を筆頭に、鞏縣兵工廠、大沽造船所、重慶武器修理所、山西軍人工藝實習廠、衡陽軍械局等など中国各地でライセンス・コピー生産され、生産量は100万挺以上と言われます。


 軍閥の閻錫山(えんしゃくざん)の支配下にあった山西省では、太原兵工廠でトンプソン短機関銃が生産されており、トンプソンで使用する.45ACPと弾薬の共通化を図るため、.45ACP仕様のモーゼルである山西17式と呼ばれるモデルも生産されました。
 (その一方でモーゼルと同じ7.63mm弾を使用するバナナマガジンのトンプソンなども作られています。) 
 これらは戦後も共産党による製造禁止命令が出るまで生産されています。


 また中国を武器市場として重視していたのはドイツのモーゼル社よりむしろスペインのアストラ社で、アストラではM900と呼ばれるフルオート機能を搭載したカスタムモデルを販売したところ、中国側からは短機関銃を補完できる武器として歓迎されて非常によく売れました。これに触発され、本家モーゼル社もM1931(M713/ライエンフォイアー)というフルオート射撃が可能なマガジン着脱式モデルを開発し、それを改良したM1932(M712/シュネルフォイアー)を中国に輸出しています。

 これらのフルオート射撃可能なモーゼル拳銃は「快慢機」(kuài màn jī 快速な機械)と呼ばれ、また20連マガジンを装着したものは大肚盒子炮(だいとごうすほう)とも呼ばれ兵士に親しまれました。「大肚」は「太った腹、でぶ」を意味しますが、連射機能と装弾数の増加で弾薬消費量が増えた点に「大肚子」(大飯ぐらい)という字を彷彿とさせるニュアンスも感じられます。

 とはいえ、さすがにフルオート射撃中の反動制御は難しく、セミオートで撃つ際でも遠距離を狙うにはストックの着用が望まれた銃なので、フルオート射撃は近距離戦や緊急時に弾幕を張る手段として使うのが有効でした。銃を横にして、反動を利用しなぎ払うように撃つ「馬賊撃ち」がその応用例でしょう。


P8291404.jpg

軍史館にて
ストック付きの1928年製漢陽造マウザー 7.63mm仕様





IMGP2276.jpg
こちらも國軍歴史文物館にて

このようなカービンモデルも中国で生産されています。




cgc1.jpg

徳式(ドイツ式)装備の中央軍兵士




42071_1255902_25.jpg

抗日電影における小道具の代表格です




 さらに、ソ連でライセンス生産された4インチモデル、通称"ボロモーゼル"も中国に輸出され大量に使用されています。

朱在“八一”南昌起義時使用的警用毛瑟手槍
後に人民解放軍健軍の父と呼ばれる朱徳が1927年8月1日の南昌蜂起の際に自衛用に所持していたとされるボロモーゼル




female soldier from guerrila unit armed with a mauser pistol (china 1939)
共産党軍の女性兵士(1939)



1248248266763.jpg
同じく女性兵士たち。





Chinese soldiers on the battlefield in defense of Changsha, 1941
1941年に第一次長沙作戦を発動し進撃してくる日本軍に対し、防御戦闘を展開する国府軍。
奥でストック付きのモーゼルを構えている兵、また手前にもクリップ装填しようとする姿が見えます。
前から二番目の兵士はフランスのホチキスM1922軽機関銃を使用しています。



國軍武器事情:アメリカ製小銃とその他の小銃

 戦争中、アメリカを始めとする連合国は援蒋ルート等を通じて、様々な武器を中華民國に援助しました。
その中には小銃ももちろん含まれており、多くの数が使用されています。




・スプリングフィールドM1903 (M1903春田步槍)


P8291419.jpg
 軍史館のM1903A1

 アメリカによる中国支援で送られた小銃としては、まずスプリングフィールドM1903が挙げられます。
 古参兵などからは使用する弾薬から「30歩槍」、中正式に似ているため「花旗牌中正式」(アメリカ製中正式の意 『花旗』はアメリカの国旗を意味し転じて『美国』以外の呼称としても使われます。)とも呼ばれたようです。

 このような米国製小銃は、雲南における美式装備(アメリカ式装備)部隊での使用が中心でしたが、戦後も国共内戦で使用され、台湾撤退後も主力小銃のひとつとしてM14(57式歩槍)が配備されるまで使用されていました。


training.jpg
 訓練中の様子 1942年から生産されたM1903A3
 米軍のベルトなども見える美式装備部隊








・エンフィールドM1917 (恩菲爾M1917式步槍)

US-Enfield-M1917.jpg


 M1903と並び美式部隊で使用されたのがエンフィールドM1917でした。
 エンフィールドM1917は、もともと第一次大戦時にアメリカがイギリスに対する援助として生産したM1914(P14)がベースとなっており、そのM1914をアメリカの第一次大戦参戦に合わせて.30-06弾仕様にしたものがM1917です。
 第一次大戦時にはM1903と共にアメリカ欧州遠征軍で用いられましたが、戦後余剰となって保管されていたところに第二次大戦が勃発したため、レンドリース用の武器として活用されました。
 (英国向けのM1917は、以前英国に供与した.303弾を使うP14と混同するのを防ぐために、M1917のストックに赤いペンキで帯状のマーキングがなされました。)
 再び供与するにあたって、銃のパーカー処理や木製ストックの素材変更などが行われていたようです。



Chinese soldiers getting firing instructions from Americans

伏射姿勢の訓練中の様子



NRA_marching_and_aircraft.jpg
孫立人の率いたビルマ戦線の38師 小銃はシルエット的にM1917でしょうか?
上のイラストと同じく、M1ヘルメットに上空のP-40と、米国の軍事支援を象徴する姿です。
装備はP37ですが、インド製かと思います。






・M1カービン (M1卡賓槍)

 これについては、大戦中の国府軍の一般部隊での使用例はかなり限定されたものになると思います。
 ビルマに進出していた遠征軍での使用例はありますが、本土の國軍に行き渡るのは戦後になってからです。

 中国サイトによれば、米中間の中美特種技術合作所、通称SACO(Sino-American Cooperative Organization)と呼ばれる対日戦に関する情報協力協定に基づき中国国内に建設された諜報施設や組織で使用されていたとの記述がありましたが、一般部隊において多く目にするようになるのは戦後の国共内戦期以降かと思います。


chinese nationalist army soldier with a bayonet attached to his gun (china 1944)

↑こちらは戦後の写真です。


 またM1ガーランドについてですが、写真や中国側にそのような記述が見られないので大戦中は正式な使用はされていないとみてよさそうです。
 M1ガーランドは戦後になってアメリカから中華民国に援助物資として送られるようになりますが、他の多くの国産小銃・外国製小銃なども依然として使用されており、M14(57式歩槍)が配備されるまでは大戦中と変わらない雑多な小銃編成が続きました。






・リー・エンフィールド (李-恩菲爾德歩槍)

chinese nationalist army soldier and a british army indian soldier in burma, 1942

 1942年の写真で、隣に英軍インド兵がいることから、インドで再編成・訓練中の写真かと思われます。
 ただし、実戦でどれほど使用しているかについては、写真が少ないのでまだ調査中です。ビルマ方面の中国軍の弾薬事情も含めて考える必要がありそうです。(ブレンLMGなども7.92mm仕様に改造したものをカナダで製造して送っていたくらいなので)








・モシンナガンM1891 M1891/30 (莫辛-納甘歩槍)


 1920年代の健軍期のソ連との協力、また第二次国共合作にともなう国民政府とソ連の関係の改善により、国民革命軍はソ連から多くの小銃や戦車、戦闘機などを導入していました。弾薬の補給事情なども考慮すると、ソ連からの援蒋ルートに近い華北での運用がメインではないかと思われます。1941年の独ソ戦開戦以降はソ連製兵器の輸入は途絶えています。

 戦後の中華人民共和国では44年型の騎兵銃モデルが53式步騎槍として採用されています。


P8291415.jpg





・ベルティエ小銃/騎兵銃

百色起義使用的法國造M1916式步槍

 フランス軍のBerthier M1916騎兵銃。フランスからも小銃や機関銃を購入していましたが、8mmレベル弾と部品の調達を含めて、どのように配備・運用していたかは不明。


ベルティエ1916?

ニュースフィルムの國軍騎兵の映像なのですが、この中の兵士が背負ってる騎兵銃らしきシルエットの銃、もしかしたらベルティエかも?






・三八式歩兵銃など鹵獲小銃


 中華民國は工業生産力に劣ったため、装備が比較的優良な中央軍はまだしも、武器が不足がちだった地方軍や共産軍では、敵である日本軍から鹵獲した小銃も積極的に使用されました。
 また戦前から中国は日本製兵器を輸入したり、その模造品を生産していたこともあり、それらが用いられたケースもあります。


20110622014632589.jpg

 着剣された三八式歩兵銃と日本刀を抱えている姿からすると、日本軍との何らかの戦闘後の戦利品でしょうか?




Type38.jpg

 宋學義と葛振林という河北の狼牙山での戦いで活躍した八路軍の兵士。
三八式歩兵銃に見えますが、ストックに何か部品がついているようにも見えます。




これらに加えて、さらに中国各地の独自生産銃もあるのですが、そこまで挙げるとキリがないので、これはまたの機会にしたいと思います。

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