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歐慶祥

Author:歐慶祥
(中文名は台湾の友人に名付けてもらいました)



Models:WW2を中心にAFV中心ですが、ストックがたくさんある積みモデラー。なんだかんだでドイツ戦車が多いです。最近は英軍戦車と歩兵の情景も作りたいと思案中。 艦船や航空機にもちょっかいだしてます。



Military:ちょくちょく軍装品集めてましたが、黒歴史化して放置したり処分したりで退却中。 たまにWW2中華民国軍をいろいろ(余波で英軍、現用台湾も)調べてはいます。




記事は筆者の知識不足もあり、随時加筆修正しています。お気づきの点ありましたら、指摘して下さると幸いです。

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フランス編その2 セーヌ川沿いの景観 

P2265551.jpg

 翌日、ふたたびコンコルド広場へ。
 この日は天気は曇りなれど、雨もやんでそこそこの散歩日和。

 もともとは『ルイ15世広場』という名称だったのですが、革命期に『革命広場』と改称され(ルイ16世やマリー・アントワネットをはじめ「反革命」とされた人々の処刑が執行された場としても有名ですね)、そして革命の混乱が静まった後に『コンコルド(調和)広場』という名前に改められて今に至ります。

 広場と言っても、今では広い自動車道のようになっております。

 この塔(オベリスク)はエジプトから運んできたものなのだとか。





P2265566.jpg

 コンコルド広場の隣にあるテュイルリー庭園へ

 最初「テュイルリーって宮殿じゃなかったっけ?」と思ったりしたのですが、普仏戦争後のパリ・コミューン鎮圧戦の過程で焼失してしまったのだとか。



P2265569.jpg

 池を挟んで奥にあるのはルーヴル美術館。
 暖かい時期に行けばまた違った光景だと思いますけど、冬空の下でも絵になる場所だなと感じました。



P2265564.jpg

 カモメのような海鳥、"Mouette"という鳥が多いのが意外でした。
 内陸部の水辺にも生息しているようなのですが、人間の食べ物やゴミに慣れてパリでも増えてるんだそう。



P2265580.jpg

 ルーヴル美術館へ 有名なピラミッドが見えてきます。

 やはり世界的な観光地だけあって、エッフェル塔のミニチュアを大量にぶら下げたアフリカ系移民の売り子が多かったです。いわゆる「白人のフランス人の街」というのはステレオタイプに過ぎないんだなと実感します。

 売り子ならまだしもジプシーの詐欺師も多かったです。多い手口は『金の指輪』詐欺。もともと手に金色の指輪を持っていて、観光客とすれ違いざまに指輪を拾ったフリをして、「この指輪あなたの?」という体で話しかけてくる手口です。話に乗るとカフェで一杯おごってくれだの、ポケットの膨らみをさして「お金持ってるんでしょ?」と図々しくせがんできたり、ひどいケースになると「指輪を盗んだな!警察を呼ぶぞ」などと言いがかりをつけて示談金をせしめようとするのもいるんだとか。
 ロンドンのピカデリーサーカスでもスペイン訛りの英語で花を5ポンドで買ってくれとせがむジプシーに遭遇しましたけど、ルーヴル近辺だけで5回も話しかけられました。この手の絡みはジプシー系が多いだけで、時折白人もいたりするので、何事も要警戒ですね。
 
 あらかじめこの手の手口は事前に下調べしていたので何を話しかけられてもスルーしてましたけど、あっちも数撃ちゃ当たるの論法で手当たり次第外国人に話しかけているようなので、無視が一番のようです。



P2265585.jpg

 そう、休館日に来てしまったのです。

 ま、ルーヴルは1日かけても回りきれないというのと、本命はオルセー美術館だったので、外観だけ記念に見られれば十分でした。笑



P2265589.jpg

 セーヌ川の両岸。
 実はパリのセーヌ川周辺一帯がユネスコの世界遺産に登録されている景観なんだそうです。

 こういう見事なまでに整理されたパリの都市構造はほぼ第二帝政時代に完成して今に至るようです。
 東京の河岸の光景というと、例えば日本橋の上に高速道路が通っていたり、ありきたりな高層ビルや高層マンション、コンクリート護岸といったものでゴチャゴチャしてる場所が多いので、仕事柄そいいうものも比較して考えてしまったりします。
 無論、古来の建物をただ維持することが即ち伝統とは限らないですし、利便性とのバランスや、建築様式や思想にも変革がある点を考えないといけないんですけれどもね。

 その東京ですが、近年は隅田川周辺の再開発計画はパリをモデルに進めていたりするようです。


P2265616.jpg

 整然と並べられたパリの街路樹。

 冬のパリを歩いていていたこともあって、普仏戦争でプロイセン軍に包囲されたパリでは、補給が途絶えた中で冬の寒さを凌ぐべく、こういった街路樹を切り倒して薪にしていたなんてエピソードを思い出してしまいました。



P2265600.jpg

 オルセー美術館前にて。

 ちょうど旅行の一ヶ月前、イスラム武装勢力と交戦するマリ政府軍を支援するべくフランス軍が軍事介入したこともあり、テロを警戒してFA-MASを携行したフランス兵が市内の要所に配置されていました。
 (観光客と写真撮影に応じてる兵士とか結構いたんですが、警備上いいのかコレ笑)

 オルセーといえばルノワールやミレーといった日本でも有名な印象派の絵画が収蔵された場所ですが、日本人に人気があるという理由がなんとなく理解できた気がします。
 美術に特別深い造詣があるわけではありませんが、現物をみると、「資料集とかで見たあの絵ってこういう大きさだったのか」とか、「写真で見るよりこの部分が明るい」といった発見があって面白かったです。

 オルセーには戦争画をテーマにしたエリアがあり、騎兵の突撃シーンを描いた大型絵画の迫力は想像以上でした。
 個人的には、このエリアでは"Le Rêve"という輝かしい栄光の夢を見ながら休息中のフランス兵を描いた絵画が特に印象に残っています。
 http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Detaille_Le_R%C3%AAve.jpg



 展示スペースも訪問直前にリニューアルされていて、黒い壁面を基調とした展示スペースが新設されていました。
 黒い壁になったことで、印象派の絵画の特徴でもある光の明暗とか見せ方が分かりやすくなっていました。(ちょうど帰国後にテレビでオルセーのリニューアルの特集をやっており、日本人がデザインに関与していたなんて話を余韻に浸りながら聞いてました。)



P2265636.jpg

 「アレクサンドル3世橋」より
 名前の通り、1900年のパリ万博に合わせてロシア皇帝アレクサンドル3世から寄贈された橋です。
 この当時の仏露関係は露仏同盟もあり親密で、シベリア鉄道もフランスの支援によって建設が進められました。



P2265645.jpg

 建築規制など都市景観の保護政策のおかげで、こういうクラシックな景色を今でも見られるんですね。



P2265642.jpg

 ちょっとした街角を通っても、街路樹と銅像が立つ小奇麗な景色が見られます。




P2265651.jpg

 屋台で軽く昼を済ませて、午後は郊外にある目的地を目指します。



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